池坊短期大学
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大学概要

美しく生きる

“美”に国境はなく、“和”を願うのは人類の祈りでもあります。

人の和と、花を通して美を愛する人たちの願いが、”和と美”を建学の理想とする「池坊学園」を生みました。それは、敗戦にうちひしがれた日本が、ようやく文化国家として再スタートしようとした1952年でした。
室町時代から500年余にわたって、池坊にはじまり、京都を中心に育ったわが国特有のいけばな文化は、その間、いろいろな変遷を遂げてきましたが、この池坊学園の創設によって全く新しい時代の夜明けを迎えたのでした。
とりわけ、明治以来、ややもすれば”おけいこごと”視されてきたいけばなを、”学と芸”の原点から見直し、そのエスプリを教学のバックボーンにした新しい教養人、新しい職業人を育成するための学校づくりは、日本の教育界にもっとも欠けていた分野におけるユニークな”人づくり”でもありました。
しかも、それは、日本人の”心のふるさと”といわれる京都で、また保守と革新の同居する街といわれる京都で、さらに”いけばなが生まれ育った街”京都で、芽を出し、花を咲かせ、実を結ばせようという遠大なビジョンでした。
このビジョンのもとに、池坊学園を創設し、半世紀近くの間に、雨もりのする木造校舎から高層の瀟洒な学舎に変貌、そして日本はもちろん、遠くアメリカをはじめ世界各地に進出して花のこころを伝える国際色ゆたかな学園に発展させ今日の礎(いしずえ)を築いたのが、創立者の故山本忠男総理事を中心とする現代の池坊人たちでした。
いま、この池坊学園には、教学機関として短期大学を中心に、東西に全国各地から修学する学生が在籍し、研鑽しています。この人たちは、それぞれゆたかな教養人あるいは高度のスペシャリストを目ざして励んでいますが、いずれの専攻分野でもいけばなは「必修」となっていて、池坊学園に学ぶ人たちは花を通して”花のこころ”を語りあっています。
ともすれば「私学に特色がなくなった」ことが批判されるこのごろ、”和と美”をモットーとする池坊学園には、”美しく生きる”ための”いけばな広場”が世界中の人たちに開放されているのです。

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